文師の当選予言記事を持つレーガン大統領
手に持つのは投票当日の朝発刊された「NewsWorld」紙

レーガンの選挙はきわめて苦しいものであった。71歳という高齢での候補であったこと、一般に「極右」として知られていたこと、既に1976年の選挙で敗北していること、俳優出身であり政治家としての実績がないこと、現職のカーター大統領には根強い人気があること、実に多くの点でレーガンが不利であることは明らかで、ほとんど全ての新聞は「カーター優勢」との論調であった。

ところが投票前日、文鮮明師は自ら創設した新聞社「NewsWorld(ニューズワールド)」の朴普煕(パク・ポーヒ)社長に対して、「レーガンが地滑り的に勝利した(Reagan landslide)」という記事を大きな活字で大々的に書くよう命じた。常識で考えれば、レーガンが勝つ見込みもない状況でそんな記事を書いたら新聞社は世間の笑いものになって廃刊に追いやられると言うべきである。実際、朴社長は文師の指示した通りの記事を出すに当たって、社員に対して「明日、潔く殉教新聞になりましょう。最後の新聞を勇敢に作ってください」と語っている。

しかし、文師の予言は現実のものとなった。レーガンが奇跡的に圧勝したのである。驚いた米国の記者数百名がニューズワールド社に押し寄せ、いかにしてレーガンの勝利を予測したのかを朴社長から聞き出そうとした。その時、朴社長はレーガン勝利について文師から聞いたこと、文師自身は神から知らされたということを述べた。

「ニューズ・ウィーク」社長の朴普煕社長は、文師が「ワシントン・タイムズ」紙を創設した時に初代の「ワシントン・タイムズ」社長となった。レーガン大統領は「ワシントン・タイムズ」の徹底した愛読者となり、同紙はレーガンが寝室まで持ち込む唯一の新聞として有名になった。実際、レーガンの政策はワシントン・タイムズの論調から強烈に影響を受けていた。
レーガンは8年間の大統領任期を終えてホワイトハウスを立つ時、特別に朴普煕社長をホワイトハウスに招き、こう言った。「私はワシントン・タイムズに最大の恩を受けました。私の任期8年間、ワシントン・タイムズなくしては、私は絶対にレーガン・ドクトリンを推進することは不可能だったでしょう。ワシントン・タイムズの創設者レバレンド・ムーン(文師)に深く感謝の意を伝えてください」と。上はその時の写真である。