光言社「中和新聞」1990.2.1文鮮明師古希記念特別号
<対談>  
筑波大学元学長・理学博士 福田 信之 
世界基督教統一神霊協会名誉会長 久保木修己
 
福田信之(ふくだ・のぶゆき)
1921年、香川県生まれ。1943年北大理学部卒、理論物理学専攻。1958年東京教育大教授。1980年筑波大学長。理学博士。著書に「場の量子論」(岩波書店)、「核物理学の基礎」(共立出版)「筑波大学のビジョン」(善本社)「文鮮明師と金日成主席」等、編著に「文鮮明・思想と統一運動」(善本社)「21世紀の希望・統一運動」(光言社)等多数。1994年逝去。
久保木修己 福田先生と初めてお会いしたのは、たしか1974年でしたね。当時、筑波大学創設のために非常にご苦労しておられたとか伺っていますが。

福田信之 私はアメリカやヨーロッパを回り、国際的展望をもった大学が必要だということで筑波新構想大学の創設に携わるようになったのです。以来8年間、私は四面楚歌の状態で大学創設を進めました。その頃です。久保木会長に会うよう勧められたのは。実際に会ってみると、この人は本当に本気で人間の精神世界に挑んでいる真の宗教人だと感銘したんです。それで、「希望の日晩餐会」に出席させていただいたんですよ。久保木会長との出会いがなかったら、私と文先生との出会いもなかったでしょう。
その時、福田元総理の「アジアに偉大な宗教指導者現わる。その名は文鮮明である」という挨拶がとても印象的でした。今思えば、文先生について全く正しい評価を与えていたんです。

久保木 文先生に天から与えられた啓示は、長期にわたっています。いつごろどの国とどの国がどうなり、どの国とどの国が協力することによってそれを凌駕し、ある意味では突破できるという構図が全部できあがっているんです。

福田 そういう感じがしますね。久保木会長とお会いして、私は関心をもってICUS(国際統一科学会議)に参加するようになり文先生にもしばしばお会いしましたが、最も強烈な印象を受けたのは84年9月にダンベリー(米コネティカット州)でお会いした時のことです。
(中略)文先生はその時、日韓中、さらに北韓を巻き込んだアジア共同体というものをつくることが、アジアの繁栄だけじゃなく世界平和の決め手になる、東西南北問題はすべてそこに含まれているんだと強調されました。(中略)
私はアカデミーの関係で韓国を訪問している間に、日本の韓国支配の実態を肌で感じるようになったのですが、文先生から怨讐を越えた神の愛を感じます。文先生には怨讐を乗り越える内容がちゃんとあります。ですから、北韓をも包摂するゴッディズム(神主義)や頭翼思想を説かれる理由もよく分かります。文先生のそういう姿勢の中で、実際に日本が過去にどんなことをしてきたのか認識を新たにしながら、逆に文先生の偉大さを感ずるようになってきたのです。
久保木修己(くぼき・おさみ)
1931年、中国(旧満州)生まれ。13歳で帰国。慶応大に在学中、立正佼成会に入会、会長秘書を務める。1962年世界基督教統一神霊協会(統一教会)入会。64年会長就任。国際勝共連合会長、世界日報社会長、世界平和連合会長等を歴任。1998年逝去。遺稿集として『美しい国・日本の使命』(世界日報社)がある。
久保木 アジア、世界の問題を考える時に、神の愛が背後になければ絶対に理想世界はつくれません。統一運動はすべて神の愛を背景にしています。文先生は、諸先生方にアジアの現実やそれに対する我々の運動を真に理解していただき、学者の立場でご尽力いただくことが、神の国建設の重要な要因だと考えておられるのです。(中略)

福田 私自身、筑波大学をつくることにしたのは世界の大学を視察してからです。欧米の大学を見ながら、日本の大学を何としても改革しなければならないという思いにかられました。これは私の人生の中でも最も激しい運動でした。あらゆるところから反対を受けました。それがないと文先生のご苦労まではなかなか分からなかったでしょう。
筑波大学は国際的人材を養成し、さらに社会に開かれた大学、未来志向の大学を目指しました。そういう点では文先生のやっておられるものと非常によく似ています。(中略)私は、文先生の話に神の愛を感じ、絶えず感動するんです。文先生は世界のいかなる人よりも早く、世界の動きを察知し、準備でき、極めて正確な運動をなさる方です。(中略)
統一原理(統一教会の教義)を称して、いろいろな宗教のいいところだけを取り出してまとめたものに過ぎないと批判する人がいます。しかし、既成の概念を総合し、矛盾しているように見えるものを一つにしていくには、物理学にも言えることですが、全く新しい概念の導入がなければ不可能なのです。

久保木 「初めに神の心情ありき」と言いますか、文先生は神のご心情から出発しておられるのです。私たちの努めは何か。それは常に根本である神に立ち返りながら、世界のために日本はどのような犠牲を払うのか、貢献をしていくのかという、最も基本的なことから国民を啓蒙し、それらをリードしていくのが私たちの使命、統一運動の任務だと考えます。