原罪を持ったままでは生まれることが出来ない !?


原罪は人間始祖の行為によって後天的に生じたもの

統一原理の中で、簡単に説明すると、「人間の心は善と悪が矛盾葛藤している。しかし、存在というものは矛盾したまま生成するというのはおかしいので、こういう矛盾性というものは人間始祖自体が先天的に持っていたものではなく、何らかの後天的な原因があって生じたものだと考えられる」という感じの話の展開があります。そして、その人間始祖の罪の真相に迫った時、原罪というものが問題になってくるわけです。

ところが、この話を誤解して、「矛盾したままでは存在できないはずなのに、人間は存在している。だから人間には原罪がない」などという論理飛躍をやっている方がおられます。その方は原罪=矛盾性と勘違いしておられるのかもしれません。

原罪というのはあくまでもサタンの法廷論的讒訴権が及ぶ範囲(讒訴圏)の存否を述べているもので、物質的・血液学的なものでもないし、目に見えるような性質のものではありません。そして、これは先天的に人間始祖が有していたものではなく、堕落というハプニングによって後天的に生じたもので、それが子々孫々に及ぶ性質の讒訴圏であったため、人類は歴史的にこの正体不明の原罪に苦しめられることになったのです。その結果として心に矛盾葛藤が生じるようになり、個人の心の矛盾葛藤による破滅状態は、大きな観点では国家と国家の戦争にまで発展しているわけです。

しかし、人類は長い間その根本原因が分からなかった。その根っこにある問題を解決するために降臨するのがメシヤであり、人類始祖のやり直しをなす真の父母であるわけです。2003.7.16江本武忠